今月の法話 2023年5月

精一杯な毎日 今日はゆっくり休んでみたら?

 現代はストレスの多い時代です。学校や職場、時には家庭さえもがストレスを感じる場所かもしれません。しかし、無理をして頑張り続けると、うつ病を含む心の病気になりかねません。周囲に遠慮しすぎて「辛い事を辛い」、「疲れた時に疲れた」と無理をし過ぎない事が大切ですが、かと言って放埓(ほうらつ)が過ぎると周りを不幸にする場合もあります。
 お釈迦さまは紀元前5~6世紀頃、ルンビニー(現在のインドとネパールの国境付近にあった小国)にお生まれました。
 お父さんは釈迦族の国王であるシュッドーダナ、お母さんはマーヤーといいます。何一つ不自由のない日暮らしをされていたお釈迦さまでしたが、そうした快楽的な人生に疑問を感じたある時、全てのものを捨ててこの世の真理を得るべく出家をされました。
 激しい修行に打ち込まれたお釈迦さまはある師のもとで瞑想修行に励みますが、それでは悟ることは出来ませんでした。
 やがて「自分の手で真理を悟るべき」と考えたお釈迦さまは、呼吸を制限する修行や太陽の直射日光を浴び続ける修行、断食といった、とても苦しい修行に打ち込まれました。しかしそうした激しい修行はいたずらに肉体に苦痛を与えるだけで、悟りを得るどころか徐々に心身が衰えていったのです。
 6年もの長い間、難行苦行を続けたお釈迦さまは、ついに苦行を捨て、近くの川で身を清めます。今にも力尽きそうだったお釈迦さまでしたが、通りかかった村娘のスジャーターから乳粥(ちちがゆ)を施され、少しずつ体力を回復されました。
 「琴の弦はきつく締めすぎると切れてしまうが、緩く締めると音が悪い。琴の弦は、適度に締めるのが望ましい」というスジャーターの歌を聞いたお釈迦さまは、贅(ぜい)の極みを尽くした快楽的な日々も、その対極にある、ただ苦しく厳しいだけの修行も共に間違いであったことに気づかれていったのです。その苦楽という両極にある極端な道を捨てて、どちらにも執着しない、真ん中の道(中道)を歩む事こそが悟りに至る道であると喝破(かっぱ)せられ、やがて悟りを開かれたのでした。
 琴の弦の如く、緩過ぎず(快楽に溺れない)、締め過ぎない(自分を追い込み過ぎない)生き方を、両極を排したお釈迦様の中道につながる生き方として学んで参りたいものです。
 頑張り過ぎず、疲れた時には休みましょうね。

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