お見舞い

新型コロナウイルス感染症により多くのお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げます。また、罹患されている皆さまに心よりお見舞い申しあげます。そして高い感染リスクにさらされながらも、日夜、懸命に治療・対策にあたられている医師や看護師をはじめ医療に従事されている多くの方々に深く敬意と感謝を申し上げます。

札幌組は、全国的な緊急事態宣言を受け、感染拡大防止のため行事等縮小の対策を講じることとなりました。門信徒を含め多くの皆さまにはご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解を賜りますようお願い申しあげます。

なお、各寺院の詳細な対応につきましては、それぞれの寺院にお問い合わせくださいますよう、お願い申しあげます。

札幌組組長 石堂了正

今月の法話 2021年5月

大きな願いに身をまかせ 安楽浄土への道を歩む

 お寺の本堂にお参りに行った時、ご自宅のお仏壇の前に座って手を合わすとき、何に対して手を合わせておられますか?
 浄土真宗のみ教えをいただく念仏者の礼拝の対象は阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)です。亡くなった方のお写真やご遺骨、ご位牌などに手を合わせているのではありません。お寺でお参りする時、お葬儀の時、ご法事の時、阿弥陀様に手を合わせているのです。そして、阿弥陀様に手を合わせている時に自分の欲望を願ったり、近況を報告することはしません。健康、長寿、豊かな財産、地位名誉といったものの独り占めを目標として、病気が治りますように、長生きができますように、財産が増えますように、人から立派な人だと思われる人間になれますように、試験に合格しますように、素敵な異性と出会えますようにといった、自分の欲望を満たすために阿弥陀様に手を合わすのではありません。また、この一年間にこんなことがありましたと阿弥陀様に報告することもありません。浄土真宗ではなぜ自分の欲望を満たすことをお願いしたり、自分のことを報告したりしないのでしょうか?
 それは阿弥陀様のほうが先に私に対して願って下さっているからです。そしていつも阿弥陀様は私たちを見守っていて下さるからです。阿弥陀様は自分のことしか考えることができない凡夫である私のことを心配し、「必ず救う、われに任せよ」と呼び続けて見守って下さっています。
 阿弥陀様に手を合わしお念仏を申すということはいつも見守ってくださっている阿弥陀様に対する報恩感謝のお念仏です。私のことを心配し、私に対して「必ずあなたを苦しみのないお浄土に生まれさせ、仏様にする」とはたらき続けて下さっている阿弥陀様の大きな願い・はたらきに気付いたときに、阿弥陀様に対して「ありがとうございます、阿弥陀様 南無阿弥陀仏」という感謝のお念仏が出てくるのです。
 大きな願いとは阿弥陀様の願い、つまり「本願」のことです。阿弥陀様は私に対して「お念仏申す人生を歩みなさい、そしてお浄土に往生して仏になることを人生の目的として過ごしなさい」と教えて下さっているのです。自分中心にしか生きられず、空しく孤独に終わらねばならなかった私の人生が、阿弥陀様の大いなる願いに出遇うことによって、少しでも阿弥陀様を中心に生きていこうとする人生へと変わっていくのです。

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