お見舞い
新型コロナウイルス感染症により多くのお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げます。また、罹患されている皆さまに心よりお見舞い申しあげます。そして高い感染リスクにさらされながらも、日夜、懸命に治療・対策にあたられている医師や看護師をはじめ医療に従事されている多くの方々に深く敬意と感謝を申し上げます。
札幌組は、全国的な緊急事態宣言を受け、感染拡大防止のため行事等縮小の対策を講じることとなりました。門信徒を含め多くの皆さまにはご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解を賜りますようお願い申しあげます。
なお、各寺院の詳細な対応につきましては、それぞれの寺院にお問い合わせくださいますよう、お願い申しあげます。
札幌組組長 石堂了正
今月の法話 2026年8月
回向 まわしむけられた功徳の宝
盆菓子に灯篭や提灯…、お盆の原風景にある光景ですね。そこには祖先を思う日本人の心情が溢れているように思います。生前好きだったお供え物をしたり念仏を称えたり、お経をあげる、そうした功徳を死者にさしむける事を一般的な仏教では「回向」といいます。一方、浄土真宗ではその回向は全て阿弥陀仏によるものだという考えをします。今月はその回向ついて考えてみたいと思います。
先日、一人暮らしの高齢女性のご門徒さんのお宅へ月参りにお伺いしました。一緒にお勤めをした後、お茶を頂きながらよもやま話の最中、その女性の方が老いていくご自分の事を嘆き始めました。ひとしきり聞いた後、私は二つのアドバイスをしました。一つ目は声を出すことの大切さです。一人暮らしをしていると人と会話をしませんから声を出す事が少なくなっていきます。「毎日、大きな声でお経をあげるのはどうでしょうか。しかもなるべくお腹から声を出すようにするとご飯も美味しくいただけますよ。声帯も筋肉ですから声を出さなければ細っていきます」という事。もう一つは「きょうよう」と「きょういく」の大切さです。「きょうよう」とは「今日行く所がある」、「きょうよう」とは「今日、用事がある」という事です。「これからも毎月の法話会や仏教婦人会の行事に参加して、一緒にご飯を食べてみんなと語り合い、阿弥陀さまの教えを聴聞しましょうね。この世に生まれたという事は、必ず老いて病んで死んでいくという事です。その事の事実をしっかりと受け止め、お互いに日々を大切にしていきましょうね」、と申し上げました。
女性は「月参りをして、こういう話を聞けて良かった」と話されましたので、私は「旦那さんが亡くなられたのはとても辛く悲しい出来事でした。一方亡き人の仏縁を通して、私達は仏法に出遇う事が出来たのです。その事は取りも直さず亡き人がお浄土に行って、仏となってあなたのところに還ってきているという事ではありませんか」ともお話した事でした。この女性のみならず、私も含めて多くの人がそうした仏縁の中にあるという事だと思うのです。
親鸞聖人は正信偈に、
往還回向由他力(往相も還相も他力の廻向に由(よ)る)
とお示しになられました。亡き人は阿弥陀仏のお手回しによって、浄土往生(往相回向)し、浄土で仏となって迷い多き我が身を救う仏さまのはたらきをしているのです(還相回向)。これが浄土真宗の回向であります。
お盆を迎え、亡き人を忍びつつ仏縁を大切にし、自らの生き方をも大切にしてまいりたいと思うことです。
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