お見舞い

新型コロナウイルス感染症により多くのお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げます。また、罹患されている皆さまに心よりお見舞い申しあげます。そして高い感染リスクにさらされながらも、日夜、懸命に治療・対策にあたられている医師や看護師をはじめ医療に従事されている多くの方々に深く敬意と感謝を申し上げます。

札幌組は、全国的な緊急事態宣言を受け、感染拡大防止のため行事等縮小の対策を講じることとなりました。門信徒を含め多くの皆さまにはご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解を賜りますようお願い申しあげます。

なお、各寺院の詳細な対応につきましては、それぞれの寺院にお問い合わせくださいますよう、お願い申しあげます。

札幌組組長 石堂了正

今月の法話 2022年1月

人間は耳がふたつで口ひとつ 多くを聞いて少しを言うため

 浄土真宗の門信徒や僧侶にとって最も大切なことがお聴聞です。お聴聞とは、お寺で行われている毎月の常例法座、お葬儀やご法事の際に僧侶の法話を聞くことです。本願寺第8代蓮如上人が「仏法は聴聞に極まる」と言われるほど、浄土真宗にとってお聴聞は大切です。お聴聞では、自分勝手な欲望を満たすために自分の願いを阿弥陀さまにお願いするのではなく、阿弥陀さまから私への願いを疑いなくお聞かせいただきます。
 浄土真宗では往生成仏のための修行や戒律はありません。寒い時期に冷たい滝に打たれたり、壁に向かって座禅をしたり、お肉やお魚を食べてはいけないとか、結婚してはいけない、お酒を飲んではいけないという決まりもありません。私たちにとって唯一、修行に似たものがあるとするならばそれはお聴聞ではないかと思います。例えばお寺のご法座に行くために寒い時期に雪道の中を歩いていくことはとても大変です。地域の活動や親戚・友人とのお付き合い、またスーパーへのお買い物、銀行への用足し、通院など何かと予定が入っている方も多いと思います。お聴聞するためには自宅とお寺の往復の時間、お寺で読経・法話をお聴聞している時間を合わせるとかなりの時間の確保が必要です。時間をやりくりしてお寺に足を運び、一緒にお勤めをし、布教使からの阿弥陀さまのみ教えのお取次ぎをお聴聞することは、見方によっては修行と言えるのかもしれません。お寺のご法座にお参りされている門信徒の皆様には頭が下がります。
 私たちの人生には、苦しいことがたくさんあります。自分自身のふがいなさに情けなくなることもあります。でも、私たちの生きる世界を超えた大きなはたらきが私たち一人ひとりを見まもってくれていることに気づけたら、たとえ世界中の人から背を向けられようとも、生きていく大きな力となります。それが阿弥陀さまとともに人生を歩むという生き方です。阿弥陀さまに見まもられながら生きていくことで、心がやわらぎ、豊かな人生を送ることができることでしょう。でも、ひとりではなかなかそこまでたどり着けないかもしれません。「限りある人生を豊かに、しあわせに生きる道」。そのことを聞くことができるのが、浄土真宗のお寺です。あなたが生きていくうえで本当に必要な「出会い」は、もしかしたらお寺にあるかもしれません。何かのきっかけがあっても、なくてもかまいません。お寺に出掛けてみませんか。人生を、そして毎日を豊かに、しあわせに生きるヒントが得られるかもしれません。

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