今月の法話 2022年6月

雨の日を 悪いと嫌う人 雨の日を 恵みと喜ぶ人

 今から2年前、アメリカ・ミネソタ州のミネアポリスで起きた白人警官による、無抵抗な黒人への暴力行為の映像は世界に衝撃を与えました。いわゆるジョージ・フロイド事件です。白人警官はフロイド氏が「呼吸ができない、助けてくれ」と懇願していたにもかかわらず、8分以上にわたって、フロイド氏の頸部をヒザでアスファルトに強く押さえつけ、フロイド氏を死亡させたものです。
頻発するこうした事件に反発した人々が「 Black Lives Matter」という人種差別抗議運動を始めました。さまざまな和訳があるようですが、「黒人の命も大切だ」という意味です。差別に対するたまりにたまったものが暴発し、抗議運動は略奪や暴動にまで発展したのは記憶に新しいところです。
 また日本人選手が活躍するメジャーリーグでも田中投手やダルビッシュ投手が差別を受けたことがあり、問題となりました。いずれも白人優位主義からくる出来事であります。
 阿弥陀さまは仏説無量寿経の四十八願、四番目の願い(無有好醜の願)として、「わたしが仏になるとき、わたしの国の天人や人々の姿・形がまちまちで、美醜があるようなら、わたしは決してさとりを開きません。(浄土真宗聖典(注釈版))と願われました。
私達はありとあらゆるもの(こと)を相対化して生きています。本来、白人が美しいとか黒人がそうではないというのではなく、私達の心がさまざまなものに優劣をつけているのです。私達の白人優位への“執らわれ心”がこうした美醜を創り出しているに過ぎないのです。
 浄土教を学んでいた宗教哲学者の柳宗悦は、「私達の世界にある、力のある者・ない者、才能のある者・ない者、美しい者・醜い者という二元論的な世界をうち破り、皆が同じでなく比較されるのでもなく、違っていながら全てが美しいという境地」を大切にしました。まさに金子みすゞの「みんな違って みんないい」 という境地です。
 本来、雨は良くも悪くも無く(無自性空)、自然の営みとしてその現象があるだけです。その雨に自分の都合から良いとか悪いという価値をつけている自らの“執らわれ心”に目覚め、一味平等の阿弥陀さまの願いの世界に生きてまいりましょう。

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