今月の法話 2019年6月

この「いのち」に決して優劣をつけない み教え仏教

 高齢社会を迎えた日本において今後大きな社会問題になっていくのが認知症です。65歳以上の認知症の人は2012年の462万人から2030年に830万人となる見込みです。5月17日付の朝日新聞朝刊には以下のような記事が掲載されていました。政府は先月16日、認知症の人の割合を2025年までの6年間で6パーセント減らすとの数値目標を公表しました。目標達成に向けて運動不足解消や社会参加につながる「通いの場」の拡充、保健師・管理栄養士による健康相談などの認知症予防の取り組みを挙げています。
 認知症予防も大切ですが、認知症の方との「共生」も大切です。かつて認知症は「痴呆」「ぼけ」と呼ばれ、本人は「何もわからない」という偏見の中で孤立していました。近年、認知症の人自身が思いを語ることで、少しずつその壁を崩してきました。本人の活動や交流の場は急速に広がっています。いま国が予防を強調する背景には社会保障費抑制の狙いがありますが、いまだ根強い偏見の中で財政的圧力を背景とした削減目標の数字が独り歩きすれば、自治体が認知症の削減率を競うような思わぬ副作用が生じないとも言い切れません。認知症の当事者でつくる日本認知症本人ワーキンググループのメンバーは今年3月、厚生労働相らと意見交換をした際、予防重視の方針について、「頑張って予防に取り組んでいながら認知症になった人が、落第者になって自信をなくしてしまう」との意見を伝えたという。「予防」の取り組み自体は否定されるものではありませんが、「共生」も大切な柱として認知症になっても地域で安心して暮らせる社会でなければなりません。
 「いのち」に決して優劣をつけないのが阿弥陀如来のお救いです。誰もが認知症になる可能性があります。親鸞聖人の教えは、死に至る瞬間に往生が定まるのではありません。親鸞聖人がお書きになられたお手紙には「真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心の定まるとき往生また定まるなり」とあるように阿弥陀如来からご信心をいただくときに往生が定まるのです。これから老いや病によってどんな姿になろうとも、この「いのち」に決して優劣をつけず摂(おさ)め取って捨てないと、どこまでもはたらき続ける仏がおられます。その仏を阿弥陀如来と申し上げるのです。

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