今月の法話 2015年5月

縁あって いま お念仏をいただく

 食の安全は言い続けられていますが、以前として経済効率が優先されているようですね。賞味期限・・・・味と品質が充分に保てると認めた期間です。これらの改竄が行われたのが問題とされました。賞味期限が過ぎれば食べられなくなるかと言いますと、そうでもないのです。「おいしく食べられなくなる」期間でもありますので、時期が過ぎますと、たとえ品質、又食べるのに少々味が落ちたとしても、食べることは出来るにしても、大量に廃棄されます。ある、ドーナツ屋さんでは、時間がきますと、次から次へと廃棄していくと言うことです。安売りしますと、値が崩れますし、信用もなくなるということなのです。「もったいない」事です。私達もいつのまにか買い物をしますと「賞味期限」が気になってしまうようになりました。
 ところで、食べ物には賞味期限がありますが、人間の賞味期限はどうなのでしょうか。「あなたの賞味期限はまだ、大丈夫ですか?」と聞かれたら皆様は何と答えるでしょうか。生まれたての赤ちゃんや子供はたっぷりと賞味期限はありますが、老人の賞味期限はもうあまり残っていないのでしょうか。働けなくなり、他者の手を借りなければ生きていけなくなった人は賞味期限は切れたのでしょうか。これから「団塊世代」が、定年を迎え未曾有の高齢化社会になります。退職しますと「オレなんかもういらない人間さ!」とか「わたしなんか生きていても、何の役にもたたない」等と言って、自らが人生を投げ出し、もう終わったような人をよく見かけます。また、いくつになっても生々しく地位と名誉と財産にあくせくし、一生を終わって行く人もおります。これらはどちらも賞味期限を自らが切った人だと思います。人間の賞味期限は自身が生き方の中で決めているのではないでしょうか。自分で自分の賞味期限を短くしている人が多いように思われてなりません。人生を投げ出すのも、お金の亡者になるのも見苦しき事であります。
 作家の藤本義一さんが友人に、「もし、長寿宝くじというのが売り出されたらと考えよう。一等は千年長生きし、前後賞合わせて千五百年の長生きが約束されるんだ。二等は五百年、三等は二百年、下一桁で百年だ。さあ、それを買うかね」友人は「えっ!下一桁で百年長生きですか。そいつは困るなぁ。絶望的になる。当たった時から・・・・。ところで藤本さん、買いますか、その宝くじ」、藤本さん答えて「冗談やないで。当たったら悲惨やがな」。友人達はいっせいに笑ったと言うことです。たかだか百年、人間に賞味期限などはないのです。勝手に自分で自分ばかりか他人の賞味期限までも己の都合によつて決めつけているのです。この世界に本来無駄なモノなど何一つないのです。人間は生きている限り賞味期限はないのです。いや、死して後でも、賞味期限はないのです。仏教の根本原理、「縁起」はこの事をあらわしています。支え合い、交わり合い、関連し合って存在しているのがこの世界です。己勝手に独自で存在しているモノなど何一つないのです。古くなろうとも、病気になろうとも、高齢になろうとも、それぞれが命一杯の輝きを持ち続けたいものです。今現実に縁あって出会い人間として生きている。古いワインや、古酒のように、味わい深い人間になりたいものですね。

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