今月の法話 2026年7月

限りなきご縁に生まれた出遇い

今月の法話 2026年7月

「あの日 あの時 あの場所で 君に会えなかったら
僕等は いつまでも 見知らぬ二人のまま」
ご存じの方も多いと思いますが、歌手の小田和正さんの「ラブストーリーは突然に」という曲の歌詞の一節です。人との出遇いの不思議さをつくづくと感じるフレーズです。
「あう」という言葉にはさまざまな漢字が用いられます。「会う」は時間と場所を決めてあうという意味があり、「遇う」は偶然にであうという意味合いがあるようです。私達の人生もさまざまな人との出遇いによって人生が彩られているのではないでしょうか。
 私事で恐縮ですが、寺の三男として生まれ後継者でない私がこうして僧侶を続けているのは良き先輩僧侶との出遇いがあったればなのです。若い頃、先輩達から仏教の教え(教学といいます)や教団のありよう、そしてお寺と世間(社会問題)との関わり等、本当に多くの事を学びました。そうした先輩僧侶達との出遇いを通して「このような僧侶になりたい」と思ったものでした。そうした出遇いが無ければ今頃僧侶として生きていたかどうかわかりません。
 同列に論じるわけではありませんが、親鸞聖人もまた、比叡山における二十年間の永い自力修行において自らの限界にぶつかり、法然上人に出遇うことを通して念仏一つで全てのいのちが救われる他力浄土門に参入されました。そしてその後、阿弥陀さまの「どんなことがあってもあなたを必ず救う」というご本願に出遇えた慶びを感動と共に次のように記されています。

ああ、弘誓の強縁多生にも値ひがたく
  (ああ、この大いなる本願は、いくたび生を重ねても遇えるものではなく)
真実の浄信、億劫にも獲がたし
  (真の信心はどれだけ時を経ても得ることはできない)
たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ
  (たまたまこの真実の行と真実の信を得たなら、遠く過去からの因縁をよろこべ)

(教行信証/総序)

 私達は今、世界中に数多(あまた)ある宗教、その中の仏教、その中の浄土真宗に出遇うことが出来ました。ご自分でこの宗旨を選んだ方はとても少ないのではないでしょうか。ほとんどの方が、家が浄土真宗だった。あるいは嫁ぎ先が浄土真宗だったという方が多いと思います。阿弥陀さまの教えは「念仏するものを必ず救う」、という教えです。自力の修行もままならない私達はお念仏の教えに出遇わなければ、迷いを重ねながらこの人生を終えていた事でしょう。様々なご縁が重なって、この私にお念仏の教えが阿弥陀さまによって届けられておりました。そのご縁を大切にし、お念仏の教えに生きる人生を歩んでまいりましょう。

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