今月の法話 平成29年6月

うれしいときも 南無阿弥陀仏 かなしいときも 南無阿弥陀仏

北海道では運動会の季節を迎えました。運動会の日、学校のグランドには必死に我が子を応援する親御さんの姿があります。何度も何度も我が子の名前を叫び、「頑張れ〜、頑張れ〜!」と我が子を応援している姿です。たとえ短距離走で走るのが遅くても、ゴールを目指して一生懸命走っている我が子の姿を見て全ての親の目頭が熱くなります。子どもには親の呼び声は聞こえていないかもしれませんし、全く気づいていないかもしれません。しかし親は我が子に沢山の願いを込めてエールを送り続けるのです。

私の称える「南無阿弥陀仏」は、嬉しい時も、悲しい時も、どんな時でも私のことだけを心配し沢山の願いを込めてエールを送り続けて下さっている阿弥陀様からの呼び声です。





「阿弥陀如来は、すべての者を救いたいと願われ、南無阿弥陀仏の名号を完成された。名号は、如来の智慧と慈悲を円かに具えた、救いのはたらきそのものである。親鸞聖人はこの如来の名号を、

本願招喚の勅命なり

と仰せになる。南無阿弥陀仏は、『必ず救う、われにまかせよ』との阿弥陀如来のよび声である。如来は、偽りと真実の見分けもつかない凡夫を哀れみ、名号による救いを選び取られた。如来のみ名は、遍く世界に響きわたり、この真実の救いにまかせよと、よび続けておられる。そのよび声は、私の称える南無阿弥陀仏の念仏となって、今ここに至りとどいている。念仏の声を通して、如来の大悲のよび声を聞かせていただく。」 『拝読 浄土真宗のみ教え』P16

合掌


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