今から十数年前のことです。その時、高校生になったばかりの息子が、「お父さん、人は自分が正しいと信じていることは、他の人も同じく正しいと信じているのだ。と思っている人もいるのだね。」と私に話してきました。
それまで、息子には、人はそれぞれにそれぞれの正義や考えを持っている。しかし、それは決して普遍的なものでも大義でもない。だから、自分の正義や考えだけが正しいと思って、それを他人に押し付けてはいけないと教えていました。
それを、友人に自分の正義は、他の人にも共通の正義であるかのようなことを言われたので、それに驚いて私に話したのでした。
人はよく、自分の正義は万人共通であるという思いから失敗することがあります。
自分の正義が普遍のものと思い違いして、それを人に押し付ける。しかし、相手にも相手の正義があることに気付かない。結局それによって、争いや憎しみ合いの起こることがよくあります。
これの極致が、国家同士の正義のぶつかり合いである戦争でしょう。
 『仏説阿弥陀経』に浄土の池に咲く蓮の花を「青い花は青い光を、黄色い花は黄色い光を、赤い花は赤い光を、白い花は白い光を放ち、いずれも美しく、その香りは気高く清らかである。」と説かれていますが、私たちは各人それぞれが、それぞれの輝きをもって存在しているのです。
命あるものは、その命の一つひとつが、その命を輝かせて精一杯に生きているのです。もちろん、人間の命だけではありません。命あるもの全てです。
このことに気付かされたならば、互いを尊重し、認め合わずにはいられないでしょう。
 私は私のまま、あなたはあなたのままでよいのです。
 ただここで注意しなくてはならないのは、「そのままでよいのだ」とだけ聞いて、出来ることもせず、やらなければならないこともせずに、人を羨んだり嫉んだりして、せっかくの輝く命を台無しにする人があります。
 私は私のままでよいのですが、そのままの命を輝かせることとはどういうことかを考えることは必要です。どうぞ如来様に尋ねてみて下さい。


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