真宗の行事には有りませんが、立春の前日2月3日は「節分」として、日本全国の各地、各家庭で、「豆まき」が行われます。
狂言の一つにも「節分」がありますが、これと同様に「鬼は外、福は内」と大きな声で、豆を撒いて、一年の幸せを願う行事です。
何気なくこの行事をされている方がほとんどでしょうが、ここに私たちの願いの姿が端的に現れているように思えます。
「鬼」とは私にとっての都合の悪いこと、不幸であり、「福」は都合の良いこと、幸せです。
 私たちは、自己の幸福を第一のものとして生きるものです。そうして、不幸は来てもらいたくない。普通には誰のところにも不幸は来て欲しくはないが、もしも来るなら、私のところではなく他のところへ行ってもらいたい。
そう願って生きているのが、私たちの姿です。
自身の心の底の底まで見つめて、私は違うといいきれる方がいらっしゃるでしょうか?
そうでなければ、また貴方も悲しい願いしか持ち得ない人です。
 自分は幸せを求め(福は内)、苦しみは他者に押し付ける(鬼は外)。
そして、自分の幸せが壊れない程度の中で、他者へ施しをしては、良いことをしたと自惚れる私たちです。
しかし、この私たちの願いは、仏様からご覧になられたら、全てが苦悩するしかない不幸な生き方なのです。
 これに対して、仏様の願いは、苦悩してしか生きられない者のその苦悩を全て引き受けて、全ての者を幸せにするという願いです。
そして、全ての苦悩を引き受けて、全てのものを幸せにすることが、仏様自身の幸せとなることでもあります。
この願いの通りに生きたならば、この願いをもつ仏様も含めて苦悩するものは無くなり、全ての者が幸せになる生き方となります。
 仏様の願いから、真実の願いとは何かを知らされることによって、全てが不幸となる私の願いの悲しさを知らされますが、それと同時に、そういう私こそが仏様の願いの目当てであったと知らされることでもあります。


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