阿弥陀仏のはたらきを表わす言葉の一つに、「大悲」があります。
この大悲の「悲」を、普通には「悲しい・悲しむ」と理解しますが、本当の悲しみの中にあるときは、声を出すことも、涙を流すこともできないものです。
この様な状況のときに出てくるものは、何かといえば「呻き(うめき)」以外にはないでしょう。
例えば、指を思いっきりドアに挟んでしまったとき、「痛い」という声すら発することもできず、ただ指を押さえて呻くことしかできなかった。というような経験は、皆さんにもおありでしょう。
「悲」のもともとの意味は「呻き」ということで、声を出すこともできない本当の苦悩のことです。
そして、自分自身が本当の苦悩を知ることによって、他者の苦悩を感じ、それがそのまま自分自身の苦悩となって行きます。
ここから、他者を憐れみ、その苦悩を除かずにはおかないという心のはたらきも出てきます。
ある親に子供が何人かいて、その中の一人が、怪我や病気になって、とても痛がり苦しんでいるとします。
親は、ことさらに、その痛がり苦しむ子一人に思いをかけて、親自身もまた同様に痛み苦しみを感じ、何とかして、その子の痛み苦しみを取り除いてあげたい!と思わずにはいられないはずです。
これと同じに、阿弥陀仏にとっては、私たち一人ひとりが、苦悩を抱えて生きるしかない悲しまれる存在なのです。
私たち一人ひとりの苦悩が、そのまま阿弥陀仏の苦悩となり、その苦悩の境涯から救わずにはおかないと、私たち一人ひとりを目当てとして、阿弥陀仏はたらいて下さっています。


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