親鸞聖人の師匠である法然上人のお父様は、岡山県美作の豪族で、名を漆間時国といい、その地の治安警察の任務に当たっていた久米の押領使という役人でした。
 そこに荘園の監督者である預所として、都から源定明が赴任してきました。
しかし、時国は、その地の門閥という自負によって、上位にある定明に対して礼を致さず、軽んじる状態が度重なりました。
 そこで、武力を持つ両者は、対立して睨み合い、憎み合うようになりました。
業を煮やした定明が、とうとう時国に対して夜討ちを決行して、時国は死ぬほどの重傷を負いました。
 時国は死の迫る苦しみの中で、この苦しみを招いた原因が自分にもあったことを反省し、懺悔して、枕元に呼んだ幼い法然上人に次のような遺言を残したといわれています。
 「汝、仇を報ずることをやめよ。これひとえに余が先世の宿縁なり。わが傷痛み、苦しみはなはだし。されど今こそわが傷の痛み苦しみによって、他の傷の痛み苦しきことを知れり。汝、敵を憎み殺せば、敵の子もまた汝に刃を加えこの苦痛を与えよう。汝の子もまた敵の子を憎み刃を加えんとし、世々生々、殺し合い傷つけあうこと限りなくなろう。汝よ、敵を憎むことを捨てて出家し、高き立場より敵をも抱きてともどもに救われる道を求めよ。」と。(『日本の名著・法然』)
 国と国との紛争も、また私たちにおいても、争いが起こり続くのは、怒りに対して怒りで返しているからでしょう。
私たちの、この誤った生き方が知らされるのも、仏様の真実の生き方に教えられるからです。
遺言にある、「高き立場」というのは、仏様の慈悲の心の在りようです。怒りをもつ相手に対して、悲しみ慈しむ働きです。


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