「いま」の私の「いのち」は、過去からの連続として在る「いのち」ですが、その過去は「いま」の一瞬においては消え去ったものです。
そして、「いま」と思っているこの一瞬も、思ったときには既に過去のものとなっている、そういう一瞬一瞬が私の「いのち」の姿なのです。
その一瞬一瞬の「いま」を生きている私の「いのち」を考えたとき、なぜこの私の「いのち」が「いま」在るのか不思議に思えてなりません。
この一瞬一瞬の「いのち」が在ることを当たり前のように思っている人もあるかもしれませんが、決して当たり前に在る私の「いのち」ではないのです。
この一瞬の私の「いのち」は、他の多くのもののいのち、多くのものの存在によって在る「いのち」なのです。
何一つ「いま」の私の「いのち」に関係のないものは無い。もう少し言うなら、在るはずのない私の「いのち」が、すべての存在によって成り立たされているのです。
すべての存在によって「いま」の私の「いのち」が在ったのだと知ることも無く、今まで生きてきた。まるで自分ひとりの力で生きてきて「いま」在る私の「いのち」と思っていた。
ところが、すべてのいのちが「いま」の私の「いのち」だったのです。すべてのいのちは如来の「いのち」であり、その如来の「いのち」に支えられた私の「いのち」だったのです。
その「いま」の私の「いのち」の在り様を知らされたとき、如来の大きな「いのち」に包まれて生かされている私の「いのち」であったことに気付かされずにはいられません。


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