子を思う親の心について、私には忘れ難い想い出があります。それはもう三十数年も前のことになりました。
 そこは私のお寺のご門徒になっておられて、毎月親のご命日にはお詣りに伺っている家でありました。ご夫婦そろって明るい方で、お参りの後はお茶などをいただきながら、時には冗談交じりに世間話をされたりして、帰るときには若かった私ですが、ほんのりとなごやかな気分に何度もさせていただいたことがいまも忘れられません。
 ところがある日友人たちと釣りに出かけ、舟が転覆してこの方は亡くなってしまいました。二人の幼い子どもさんを遺して逝った父親の今わの際の思いはどんなであったことだろうと思わずにはおられませんでした。
 海釣りで夜中に出かけたので奥さんは見送ることもしなかったということで、それも無念さに追い打ちをかけたのではないかと思います。事故の知らせに奥さんは気を失ったと聞きました。葬儀のときには泣き崩れ、その後のことが案じられてならなかったのですが、幼い子どもさんが母親に生きる力を与えたのかも知れません。母子三人が肩を寄せ合うようにして、生きてこられました。また、いまにして思えば、この方を支える周囲の人びとにも恵まれました。夫の友人たちの世話で、夫の職場に仕事を得て、子育てをしながら働いておりましたが、毎月ご命日に伺うと疲れ切った様子で帰宅する姿を幾度もみなければなりませんでした。
 そうこうしているうちにお子さんも成長し、大学を受験する年齢になりました。母親は子どもたちを大学に進ませるように考えていたようでした。けれども、子どもたちは母親の力だけでは大学進学は無理だと思っているようでした。丁度ご命日のお参りに伺った夜、母子で大学進学のことを話している最中でした。
 母親は大学に進学するように勧めています。一方、息子さんの方は母親のことを気遣って大学には進まずに働くというのです。母親はズバリと言いました。
 「母さんのこと心配してくれてるんだろうけどね。母さんは、太腕繁盛記≠セからね」
 明るく笑って胸をたたいた母親は確かに、丸く太っておりました。けれども、すがた全体がどことなく疲れて、やつれているように思えてなりませんでした。
 「母さんだけで大学にやれなかったということになったら、父さんに申し訳ないからね.おまえたちがちゃんと大学に行けるように、母さんはいままで準備してきたんだから、何にも心配しなくていいんだよ。.それより、合格できるように勉強しなさいよ」
 こうして息子さんは大学に進みました.。その夜、家路に着く道を歩きながらたった一つのことばが、私の心をかけめぐって離れませんでした。
 「仏、かねてしろしめして……」
  でも残念なことにそれから間もなく、長年の肉体的な酷使もあったのでしょうか、重い脳梗塞に倒れ入院を余儀なくされ、働くことができなくなってしまいました。ただ、母親のこのときのことばの通り、お母さんはご自分がどうなろうとも、子どもたちがひとなみに勉学に勤しめるように、願いを込めて準備してきたようでありました。そのために休みなく黙々と働き続けたご苦労はいかばかりであったことかと、私には見えるように思います。
 すべてのいのちは願いをかけられています。そのことに気づかされたとき、ひとは初めて本当の心豊かな人生が恵まれるのでありましょう。それが仏法に出遭うということであり、お念仏にすくわれる道なのであります。


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