随分昔のことになってしまいましたが、関西のある銀行に強盗殺人事件が起こりました。店員やたまたまそこに客としていあわせていた人びとは人質に取られて、何日間かそこに犯人と共に「生活」することを余儀なくされました。故郷からは犯人の母親がかけつけていました。警察から呼び出されたのでしょう。そして、警察からうながされもしたのでしょう。ハンドマイクで息子に呼びかけ始めました。その一部始終が、テレビで全国に放送されました。浅間山荘事件のときも感じましたが、まさに劇場型の事件となっていました。
 結末もまた悲劇的なものでありました。犯人は警察の精鋭部隊の人びとによって銃撃され、病院に運ばれる救急車の中で絶命したということでした。
 こういうときも、テレビや新聞等のマスコミ陣の人たちは容赦のない質問を身内の人びとに投げつけていきます。まるで自分たちは「正義の味方」のように……。それは、いまも変わっていません。二十歳も過ぎているのに、事件の容疑者となっているひとの親元まで押しかけて、インターホンごしに質問をぶつけます。
 「どういう育て方をしたのですか?」
 「こういう事件を引き起こすことを予想できなかったのですか?」
 たいてい、インターホンの向こう側からは沈黙の返事しか返ってきません。そうすると今度は辛辣な「批評」に豹変します。けれども、このときは違いました。目の前には、年老いて弱々しく佇む母親がいました。そこから逃げようともせずに、必死に応えようとする姿は、いまも忘れがたく脳裏に焼きついています。
 「食べるのに必死で、あの子には寂しい思いばかりさせてきました。けれども、こんなことをしてしもうて、ひとさまのいのちを奪うようなことをしてしまい、母として何とおわびを申し上げていいのか……申し訳ありません。」
 ことばはたどたどしく、そして跡切れ跡切れのものでした。
 「当たり前のことじゃけれど、あの子はいま、世間さまからの非難の矢を一身に浴びております。それは、当然のことじゃと思うています。決して許されないことをしてしもうたんです。親として私もあの子を許せないと思うております。どなたさまが許してくださっても、私は親じゃから許す訳にはいきません。
 けれども、あの子が帰ってこれるのは私のところしかありません。あの子の味方になってやれるのは、親の私しかおらんのです。本当に申し訳ありません。謝って許されることではありませんが、亡くなられた方々や傷つけた方々のことを思えば、謝ることばもありません。」
 母親の懸命のことばとカメラの前に引っ張り出されて戸惑いながらも、誠実に応えようとする母親の姿に、私は号泣せずにはおられませんでした。しかし、それはただ聞き流されるばかりでありました。
 私はことばにならないほどの切なさとやるせなさ、悲しみを抱えて佇むこの母親のことばと姿の全体に、阿弥陀如来の願いをいただかずにはおれませんでした。
 「衆生安楽我安楽・衆生苦悩我苦悩」
 人びとのしあわせをわがしあわせと受けとめ、人びとの苦しみ・悩みを我が悩みと受けとめて立ち続けてくださっているのが、如来さまでありました。そのご本願(如来の願い)に出遇うことのできた身を、心の底からよろこび合いたいものであります。


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