「人生は苦なり」
 これはお釈迦さまが示されたあまりにも有名な人生の命題です。この命題こそ、お釈迦さまが道を求められた出発点であり、取りも直さず仏教の原点ということができます。古来からこの苦について、四苦八苦などとその内容が示されてきました。四苦とは生老病死、八苦とはこの四苦に加えて「愛別離苦」・「怨憎会苦」・「求不得苦」・「五蘊盛苦」をいいます。この場合の苦とは、端的にいえば思い通りにならないところから生ずる懊悩をいいます。まことに人生とは、思い通りにならないこととの遭遇の連続です。
 その代表格が、老・病・死でありましょう。こればかりは避けることができません。いつの間にか老い、生きている間にはさまざまな病を得るという現実にも直面しなければなりません。
 「病は気から」というから、兎に角自己を叱咤激励して病気にならないようにしようと考え、細心の注意を払って病気にならないような生活をしていたら、完全に病気を避けることができるでしょうか。誰もその保証をすることはできません。
 最近珍しいひとに出会いました。ある健康法を実践しているひとですが、その方のことばによると人の寿命は大体百二、三十歳だというのです。それが健康には良くない生活を続けることによって、どんどん寿命を縮めているということでした。それは首肯することのできる話です。ところが、そのひとは釈迦やイエスも発見できなかった健康法を知り、それを体得した結果、寿命を五千歳まで伸ばすことができるようになり、いまは二、三百歳まで生きようと思っているということでした。中国の「白髪三千丈」に近い話ですが、真面目な顔で話していましたから、本気で三百年位は生きているつもりなのだと思って聞いたことでした。
 「誰も知らない健康法を知り、日々努力しているから、若いでしょう?」
 ご自分の風貌を見て相槌を求めてきました。うなずいてはみたものの、歳相応に老いているのが外からは良く見えます。三百歳まで生きるのを見届けたいと思いますが、私にはとてもかなう希望ではありません。
 病気を抱えて生きている私には、いまを頑張って病を思い通りに治すよりは、病気と共に生き、思い通りにならない人生の事実を受け容れていく方が、癒されるように思えてなりません。
 世の中は健康ブームです。健康が最高の善のような風潮が高まっています。落語ではありませんが、健康が大事で、健康のためになら生命さえ差し出してもかまわないというような勢いです。しかし、ここには欠落した何かがあると思えてなりません。
 私はそれを「現場」に立たなければわからないことと気づかされました。老いてはじめてわかる世界。病を得なければ感ずることのできなかった世界があります。病も老いも、そして死さえもが、いのちを深めてくださる糧であったと気づかされています。
 何気なく結婚し、子どもに恵まれながらも何気なく育て、何気なく歳老いてきました。何気なく暮らしてきましたが、その一つひとつが只事ではなかったと病によって知らされてきました。
 「私は本当に仏さまに囲まれて生かされてきたのだった」
 身はつらくても、心にじわじわと染み渡る感動のなかを生かさせていただいています。「がんもまた宝」〜鈴木章子さんの心が時空を超えて伝わってくるようであります。


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